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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21198号 決定

債権者

鳥飼裕

右代理人弁護士

中村民夫

債務者

マリンクロットメディカル株式会社

右代表者代表取締役

清水重亮

右代理人弁護士

角山一俊

藤田直介

主文

一  債務者は債権者に対し、金八〇万円及び平成七年四月から平成八年一月まで毎月二四日限り各金四〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債権者が債務者の麻酔・クリティカルケアグループアシスタントプロダクトマネジャーの地位を有することを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、平成六年七月から本案判決確定に至るまで、毎月二四日限り金五〇万八〇〇〇円、及び、毎年六月一〇日限り金六二万七〇〇〇円、毎年八月一〇日限り金六二万七〇〇〇円、毎年一二月一〇日限り金八三万六〇〇〇円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  前提事実

1  債務者は、米国に親会社(「米国本社」という)を置く医療機械器具等の輸入、販売等を業とする外資系会社で、従業員は約一〇〇名であり、大阪、仙台、札幌、福岡及び名古屋に営業所がある。

2  債権者は、平成三年二月、債務者に採用され、麻酔関連事業部(現・麻酔・クリティカルケアグループ)マーケティング部に配属され、入社以来、東京において、マーケティング担当のマネジャー(課長代理待遇)として、主としてモナサーム体温計担当のプロダクトマネジャーとして海外とのコミュニケーション、文献マニュアル等の翻訳、カタログ製作等の職務に従事した。

3  債務者は、平成六年六月三〇日、債権者に対し、麻酔・クリティカルケアグループ営業部東北担当アシスタントマネジャーとして仙台へ配転すると内示し、同年七月一日付で債権者に対し、右辞令(「本件配転命令」という)が発令され、同年七月二五日が配転先への赴任日とされた。なお、本件配転命令以前に、債務者において、マーケッティング部から営業部への異動を内容とする配転の前例はなかった。(〈証拠略〉)。

4  債権者は、本件配転命令に承服できないとして、債務者に対し地位保全仮処分を申し立てる旨言い、同年七月二六日から当(ママ)年八月二二日午前中まで有給休暇を取得することとし、同年七月二五日、阿部宣夫営業部長(「阿部部長」という)に対し、有給休暇取得届を提出し、阿部部長は右有給休暇取得届に署名し、総務の印鑑を押印した。しかし、同日、阿部部長は、債権者は同月一日付けで仙台営業所に配転され、同月二五日出社することになっているものであり、有給休暇取得届は仙台営業所の上長に提出すべきであるから、右の自分の署名は誤りであり、有給休暇取得届の受理を取り消す旨通告した(〈証拠略〉)。

5  債務者は、平成六年七月二八日付け書面をもって、債権者に対し、就業規則四三条、四四条、七三条、七六条一項一二号、五〇条一号に基づき、同月二九日付けで懲戒解雇する旨の通告をした(「本件解雇」という)。

右書面には、懲戒解雇の理由として、「貴殿は、平成六年六月三〇日に、同七月一日付けで麻酔・クリティカルケア グループ営業部 東北担当アシスタントマネジャーへの転勤を命じられましたが、この転勤命令に従わず、赴任日として指定されました同七月二五日までに当社の指定した部署に赴任しませんでした。これは、重大な業務命令違反であり、当社は、この業務命令違反だけで懲戒解雇相当とします。貴殿の情状を見てみましても、貴殿にあっては、営業を通じての顧客よりのクレームの処理が遅れることが多々有り、指示に反して度々営業との打合せなくまたは上司の許可を得ることなく顧客またはドクターに接触したり、営業部員の営業活動をサポートする立場にありながら、営業部員から不信感をもたれるなど、勤務成績が極めて不良であり、平成六年六月五日の警告書、同七月六日の通告書においても注意を促していたところでもあります。また、平成五年一一月四日の社内通達に違反して、また米国本社からの指示を無視して、米国本社に業務に関係しない事項につき直接連絡をとり、当社及び当社の経営陣に関する誤った情報を伝え誹謗中傷する行為に及ぶ等、社内秩序破壊行為が著しいといわざるを得ません。以上により、当社は、貴殿の今回の業務命令違反行為は懲戒解雇を以って処するしかないとの結論に至ったものであります」との記載があった(〈証拠略〉)。

また、債務者の就業規則には、「会社は業務上の都合で、従業員に移(ママ)動、転勤、出向または職務もしくは職場の変更を命ずることができる。この場合、従業員は故なく不当にこれを拒んではならない」(四三条)、「前条により異動を行う従業員は、赴任指定日までに新任部署に赴任しなければならない」(四四条)、懲戒の種類の一つに懲戒解雇がある旨(七三条)、懲戒解雇事由の一つとして「正当な事由なく職務上の指示命令に従わなかったとき」(七六条一項一二号)、懲戒解雇処分をした場合は解雇とする旨(五〇条一号)の各記載がある(〈証拠略〉)。

6  本件解雇当時、債権者の月額給与は、平成六年七月一日から五〇万八〇〇〇円(内訳基本給三七万八〇〇〇円、世帯手当九万円、職責手当四万円。毎月末日締め当月二四日払い)であり、債務者における賞与は、毎年六月一〇日に基本給と職責手当ての合計額の一・五倍(社員一律)、毎年八月一〇日に基本給と職責手当の合計額の一・五倍(B評価の場合)、毎年一二月一〇日に基本給と職責手当の合計額の二倍(社員一律)が支給される。

二  争点

本件配転命令の有効性と、右配転命令違反行為等を理由とする本件解雇の有効性及び保全の必要性

三  当事者の主張の要旨

1  債権者

本件配転命令は、債権者は債務者に、マーケティング部門(東京にしか存在しない)担当者として入社しており、営業部員として入社したわけではなく、また債権者の妻は乳癌の術後で通院加療中で債権者の介護を要するにもかかわらず、債権者を嫌悪し、債権者の退職を意図してなされた業務上の必要性のない無効なものであり、また、債権者の組合活動を阻止することないし組合の弱体化を意図してなされた不利益な取り扱いとして不当労働行為に該当する。

そして、本件解雇は、債権者が本件配転命令を拒否する正当な理由があるにもかかわらず右配転命令拒否を職務上の命令違反として解雇事由とするものであり、また、債務者は債権者の解雇事由として債権者の勤務成績が不良であるとも主張するがそのような事実はなく、結局解雇事由がないか解雇権の濫用として無効であり、また、右解雇は組合活動を阻止することないし組合の弱体化を意図してなされた不利益な取り扱いとして不当労働行為に該当する。

債権者は、約二五名の組合員を擁し、債務者と対立関係にある組合の委員長として、東京において勤務する必要がある。

債権者は、肩書地のアパートで、妻(パート勤務、収入月七万円位)と息子(高校生)及び娘(中三)とともに生活しており、その生活費は食費を除いても月約三五万円(家賃、子供の教育費、光熱費、新聞・電話代、保険費、自動車のローン等)かかり、債権者に他に目ぼしい資産はなく、給与及び賞与全額の仮払いを必要とする。

2  債務者

債権者に対する本件配転命令には業務上の必要性があった。すなわち、債権者は、マーケッ(ママ)ティング部門に職種限定のうえ採用されたものではないし、本件配転命令当時、債権者にマーケッ(ママ)ティング部員としての適性に問題がある一方、債務者においては、東北及び北海道地域における営業体制を強化する業務上の必要があり、債権者には営業部員としての適性も認められ、人選にも合理性があったものである。債権者は、赴任指定日の五日前である平成六年七月二〇日に突然妻の診断書を持ち出して転勤には応じられない旨申し立てたものであるが、債務者は債権者の妻の介護に関し相応の配慮を払っており、債務者の妻の状況を考慮しても、本件配転命令が債権者に対し通常甘受すべきを著しく越える不利益を負わせるものではない。

また、債権者が委員長となり組合が結成されたことは認めるが、債務者が組合員として知っているのは債権者、根岸(平成六年五月退職)、富永及び吉岡程度であり、債務者の知るところ組合活動は皆無であって、本件配転命令及び本件解雇は、債権者の組合活動とは全く無関係である。

本件解雇の理由は、まず、債権者は、本件配転命令を不当に拒み、赴任日として指定された平成六年七月二五日までに債務者の指定した部署に赴任しなかったもので、これは就業規則四三条、四四条に違反する重大な業務命令違反であって、この事実のみをもってしても、同七六条一項二号、七三条により懲戒解雇とすべきものであるが、さらに、債権者には、〈1〉マーケティング部員として営業部の営業活動をサポートすべき立場にありながら、営業担当者を通じて顧客から寄せられた債務者製品のクレームの処理をしばしば遅滞させ、また上司の許可を得ることなく、無断で顧客またはドクターと接触し、営業部員から強い不信感をもたれるなど、マーケティング部員としての勤務成績はきわめて不良であり、平成六年六月五日の警告書及び同七月五日の通告書を受けていた、〈2〉債務者社長清水重亮(「清水社長」という)就任後、債務者及び債務者経営陣に関する誤った情報を伝え誹謗中傷する差出人不明の文書が米国本社あて送(ママ)られる事態が頻発したため、債務者は平成五年一一月四日に通達を出し、かかる文書を米国本社に送付することを禁止したにもかかわらず、債権者は通達に違反し、なおも債務者及び債務者経営陣を誹謗中傷する文書を米国本社に送り続けていたという情状もあり、本件解雇に何ら問題とすべき点はない。

第三当裁判所の判断

一  職種限定の有無について

債務者には大きく分けて、直接営業活動を行う営業部門と、米国本社や関連会社と連絡をとり、カタログ価格表、取り扱い説明書の作成等により営業部の営業活動を支援するマーケティング部門の二部門があるが、債権者が入社した当時債務者社長であった早川泉の陳述書(〈証拠略〉)によれば、債権者の入社時の所属は、麻酔関連事業部のマーケティング部で、職種はプロダクトマネジャー(モナサーム担当)で、職位は課長代理待遇であったことは認められるが、他方、右陳述書中にも、債権者を右条件で採用したとの記載はあるものの、職種限定までしたとの明確な記述はなく、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者は、債務者への入社を希望した当初、希望職としては営業職を第一希望とし、マーケティング部門のプロダクトマネジャーについては、取り扱い製品によっては可としていただけであること、入社時に提出した誓約書にも就業規則を遵守する等の記載はあるが、とくに職種を限定する旨の記載はないこと等の事実が認められ、以上によれば、債権者の債務者における労働条件として、配属先をマーケティング部門に限定して営業部門は除外する旨の職種限定があったとまでは認められない。したがって、債務者は、人事権を濫用しない限りにおいては、就業規則四三条の規定に基づき、原告を従前とは職種の異なる営業部門へ配転することも可能というべきである。

二  本件配転命令及び本件解雇に至る経緯

前提事実並びに争いのない事実及び疎明資料(〈証拠略〉)によれば、以下の事実が認められる。

1  平成四年七月に債務者の麻酔関連事業部長として川崎晃司(平成五年七月退職。「川崎部長」という)が着任して後、同人と、当時エリアマネジャーであった清水義夫(「清水マネジャー」という)ら営業部員との間で、軋轢が生ずるようになり、その後、清水マネジャーら営業部員は、川崎部長に加え、債権者及び富永とも対立姿勢を強めるようになった。その経緯は、債権者の陳述書(〈証拠略〉)によれば、川崎部長の施政方針演説が非現実的であったと営業部員から批判され、その後、川崎部長が清水マネジャーらが社内不倫をしているとしてその処分を検討し、右処分を原告や富永が川崎部長に進言したものと清水マネジャーらが邪推したことによるものであると一応認められる。

2  平成五年一月、清水重亮が債務者の社長に就任した。

3  同年二月一五日、債務者は、社団法人日本労務研究会に委託して債務者社員に対するオピニオンサーベイ(意識調査)を実施し、その結果においても、前記1記載の、川崎部長、債権者及び富永と清水マネジャーら営業部員との軋轢が存在することが認められた。

4  同年四月七日夕刻、川崎部長から債権者に対し退職勧告があり、その後、同年五月、清水社長より、債権者に対し、右退職勧告に関し、川崎部長が先走ってやったことである旨の説明及び謝罪がなされた。

右退職勧告につき、債務者は、川崎部長が独断で行ったことで、清水社長は関知しない旨主張するが、川崎部長及び都築博康(当時営業部長代理)の各陳述書(〈証拠略〉)には、右退職勧告は、同日、清水社長が、川崎部長に対し、再三にわたり強く命じたことから、川崎部長がやむを得ずにこれを行ったものであるとの記載があるところ、当時債権者と上司の川崎部長とは特段の対立関係になく、川崎部長が個人の判断で債権者に退職勧奨をするとは考えにくいことからしても、これを事実として認めることができる。

5  同年六月、債務者の米国本社のムーサ社長が来日した。ムーサ社長は、同月二三日債務者の給与体系説明会に出席し、その際同人ら債務者社員に対し、米国本社は、日本の事業については清水社長に一任している旨述べた。

6  平成五年六月三〇日、債権者を執行委員長、根岸昇司経理課長(「根岸」という)を副委員長、富永佐岐夫(「富永」という)を書記長、吉岡亨(「吉岡」という)を委員とするマリンクロットメディカル労働組合(「組合」という)が発足し、同日、高山昭雄総務部長(「高山部長」という)に労働組合の結成の通告がなされた。

7  同年七月、川崎部長ほか二名の部長が退任し、麻酔関連事業部部長代行として神谷光一(「神谷部長代行」という)が就任した。

8  同年八月一七日、債務者の改訂就業規則が発表された。

9  同年九月、都築麻酔関連事業部部長代理は債務者を退職した。

10  債務者は、就業規則改訂に関し、根岸を社員代表に選任し、その意見書を労働基準監督署に提出した。同年一〇月二〇日、債務者社長、債務者取締役等の経営側と組合側三役との間で会談が開かれた。

11  債権者は、神谷部長代行から、学会等の出席及び客先との面会については、事前に許可を求めるよう指示を受けた。

12  同年一二月、新宿地区で分散していた債務者のオフィスが虎ノ門オフィスに移転統合された。

13  平成六年一月、債務者は、根岸に対し、二件の二重払いを理由に始末書の提出を求めた。

14  債権者は、債務者から、同年二月二四日ないし二六日に名古屋で開催された日本集中治療学会及び同年四月一三日ないし一五日に開催された日本麻酔学会展示会への出席を控えるよう指示された。

15  同年三月、清水マネジャーは、北海道・東北地区営業担当マネジャーとして東京から仙台へ赴任した。

同月、富永は、営業部からマーケッティング部に配転になった。

また、債務者は、根岸に対しては、総務部への配転を内示したが、根岸は同年五月に退職した。

16  債権者は、妻洋子が平成五年六月一六日に乳癌の手術をし、その後も通院加療中であったことから、本件配転命令の後、同人の右治療経過と同人が情緒不安定で配偶者である債権者との同居が望ましい旨の記載がされた診断書(平成六年七月二日付)を担当医師に作成してもらい、平成六年七月二〇日、右診断書と転勤辞退届と記載したメモを高山部長のところへ持参したため、その後、債権者と高山部長は右医師を訪問して面談したが、結局債務者は、本件配転命令を予定どおり維持するとの結論を出した。

三  本件配転命令の有効性

債務者の就業規則中には前記第二の一5のとおり、債務者が業務上の都合により従業員を配転できる旨の規定があり、前記一のとおり、債権者につき採用時の労働契約においてその職種が限定されていたとも認められず、債権者も入社に際し就業規則を遵守する旨の書面を差し入れていたことからすれば、債務者は、業務上の必要に応じ、その裁量により債権者を配転することができるのが原則である。しかしながら、使用者の配転命令権の行使は無制約に許されるものではなく、当該配転につき業務上の必要性が存しない場合または業務上の必要性がある場合でも配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたときもしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき等の特段の事情があれば、当該配転命令は裁量権の濫用があるとして無効になるというべきである。

そこで本件につき検討するに、債務者の主張は、債権者にマーケティング部員としての適性に問題がある一方、債務者において東北地区等における営業体制を強化する必要があったために、債務(ママ)者を営業員として仙台に配転することにしたというものであるところ、高山部長の陳述書(〈証拠略〉)中にはこれにそう記載があり、また、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者が上司に対するレポートの提出を遅滞したことが度々あったことは認められるものの、本件疎明の限度では、債権者の勤務態度や勤務成績が特段不良なものであったか否かは未だ不明確であるし、東北地区等における営業体制強化の必要性に関しても、前記疎明資料(〈証拠略〉)中にその旨の記載があるのみで、それ以上には、東北地区担当の営業部員を増員すべき具体的必要性は明確ではない。さらに、債務者において、本件配転命令のごとく、マーケティング部門から営業部門へと配転がなされた前例はなかったこと、本件配転命令によれば、債権者はすでに平成六年三月に北海道・東北地区営業担当マネジャーとして仙台へ赴任している清水マネジャーとは同一勤務場所でその部下になるところ、債権者と清水マネジャーを代表とする営業部員との間には前記二1のとおりの軋轢・確執が存在し、債務者においても同3のとおりオピニオンサーベイにおいて右状況を認識していたにもかかわらず、右のような配転を実施することが業務運営の円滑化や債権者の勤労意欲の向上につながるとは首肯し難く、人員の適性(ママ)配置という観点からも疑問があること、債権者に対しては、本件配転命令以前に、同4のとおり、清水代表(ママ)の意を受けた上司から退職勧奨がなされた事実があること、債権者の陳述書(〈証拠略〉)によれば、債権者と軋轢を生じていた前記の営業部員らが清水社長に接近したことや、債権者が清水代表(ママ)に対し、米国本社との間で自分が担当する件につき職制を無視した行動をとられては困る旨申し入れたことなどを契機として、債権者と清水社長との間にも軋轢が生じるようになり、また、清水社長による経営に危機感を持った債権者ら一部の社員が、同5の米国本社のムーサ社長の発言により同社長への直訴も叶わないと認識したことなどから、債権者を執行委員長として労働組合を結成するに至ったことが一応認められること、同11及び14のとおり、債権者はその後、マーケッティング職務のためにも必要があると考えられる学会への出席についても上司からこれを控えるよう言われたりしているが、債務者が債権者に対して右のような措置をとった理由につき債務者から特段の疎明はなされていないこと、同15で認定の事実及び疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者の妻(パート勤務)は、乳癌の術後で通院加療中であり、精神的にも債権者との同居が望ましい状態にあり、右一事をもって本件配転命令が債権者に受任限度を超える不利益を及ぼすと認められるかはともかくとしても、少なくとも債権者は単身赴任をしづらい家庭状況あ(ママ)ったことが認められること、以上の事実が認められる。

以上に照らして本件配転命令の有効性を検討するに、まず、本件配転命令が債務者の不当労働行為によるものであるとの債権者の主張については、組合が前記二10記載の活動をしたことや、同13、14記載のように、債務者が、債権者以外の、組合役員に対しても、富永に対して始末書の提出を求めたり、異職種配転をしたり、根岸に対し配転の内示をして、その後同人は債務者を退職するに至っていることなどの事実は認められるものの、本件疎明資料の限度では(例えば〈証拠略〉によっても、むしろ組合活動は債務者経営側にそれと知られないような形でするようにしていたことが認められるなど)、債務者が債権者の組合活動自体に対してこれを嫌悪する不当労働行為意思を有していたとまで認定するには不十分というべきであるものの、他方、本件配転命令につきどの程度業務上の必要性があったかが不明確であるうえ、債務者がそのような配転命令をしたのは、前記認定事実を総合すれば、むしろ、債務(ママ)者が、清水社長の経営に批判的なグループを代表する立場にあったなどの理由から債権者を快く思わず、債権者を東京本社から排除し、あるいは、右配転命令に応じられない債権者が退職することを期待するなどの不当な動機・目的を有していたが故であることが一応認められ、結局本件配転命令は配転命令権の濫用として無効というべきである。

四  本件解雇の有効性

本件解雇は、債権者が本件配転命令に従わなかったことを主たる理由とするところ、本件配転命令が無効というべきであることは前記認定のとおりであり、また、債務者が主張する他の解雇事由についても、債権者の勤務成績ないし勤務態度の不良をいう点については、前記三認定のとおり、本件疎明資料の限度では具体的解雇事由としてのそれを認めるには不十分であり、また、債務者や経営陣を誹謗中傷する文書を米国本社に送り続けたという点についても、これを認めるに足りる疎明資料はなく、結局本件解雇は正当な解雇事由の存しない無効なものというべきである。

五  保全の必要性

1  本件疎明資料によれば、債権者は、妻と高校生の息子と中学生の娘の四人暮らしであるが、債務者からの賃金のほかに妻のパート収入以外に収入がなく、借家暮らしでめぼしい資産もないため、債務者からの賃金を得られないことにより生計の維持が困難になっていることが認められる。

2  債権者は、月額五〇万八〇〇〇円の賃金(及びこれに加えて年額合計二〇九万円の賞与)の仮払いを求めるが、仮払いをすべき金額は、仮払いの性質上、当然に賃金の全額に及ぶというものではなく、生計を維持するのに必要な金額に限られるというべきである。債権者は、生活費としては食費を除いても月額約三五万一三〇〇円(家賃七万円、子供の教育費一一万四三〇〇円、妻の医療費二万円、生命保険・国民共済等三万八〇〇〇円、光熱費と新聞・電話代二万五〇〇〇円、自動車の維持費とローン八万四〇〇〇円)を必要としていると主張するが、本件疎明資料(〈証拠略〉)により認められる債権者の生活状況等を斟酌すると、債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くために必要な仮払金は、月額四〇万円と認めるのが相当である。

3  つぎに、仮払期間についてみると、審尋終了時までに支払うべき過去の賃金部分については仮払の必要性がないと認められ、また、将来の事情の変更の可能性があることを考慮する必要があり、したがって仮払期間は、現時点では、審尋を終了した後の平成七年二月から平成八年一月までの一年間と認めるのが相当である。

4  なお、債権者の求める地位保全仮処分は、その履行の観点からみれば債務者の任意の履行を求めるにすぎないことになるうえ、賃金収入を得られなくなったことによる現在の危険の除去の目的は前記の賃金仮払仮処分により果たすことが可能であるから、他にその保全の必要性を認めることはできない。

六  以上のとおりであるから、本件申立は、平成七年二月及び三月分の賃金として合計八〇万円の限度で(履行期到来済み)、平成七年四月から平成八年一月までの賃金として毎月二五日限り月額四〇万円の仮払を求める限度で理由があり、その他は現時点では理由がない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐々木直人)

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